☆カネック 日本初のメイン試合

さてさて今回は、我がカネックが日本で初めてメイン・イベントに出場を果たしたのはいつの試合だったのか調べてみますと、それは2回目の来日となった第2回MSGシリーズの第3戦の後楽園大会でのアントニオ猪木&藤波辰巳vsジャック・ブリスコ&カネックというカードだったんですね。


元々NWA系の名選手でNWA王者にも就いたジャック・ブリスコと、NWA系には無縁のメキシカンのトップ・帝王カネックのタッグなんてのは実にマニアックで興味深い垂涎のコンビですよね。


ノーTV戦だったのであいにく試合内容を観られないのが残念なところですが、当時の月刊誌にカラーで掲載されたりしたのを見るとなかなか面白そうな試合になった感じを受けます。


最後はカネックが猪木のバックドロップにて仕留められてしまいますが、試合時間が14分越えてるあたり、なかなか良い扱いだったのではないでしょうか。


ただカネックの金旧ラメ、赤ふち、頬の模様=山羊のマスクに黄色のジャージのショート&ロング・タイツに金のシューズという出で立ちがちょっとパッとしないのが悔やまれますが。


これが赤旧ラメのマスクに、赤を基調にしたコスチュームだったらまた違った貫録が出て深みも出ていたのではないでしょうかね。


ちなみにカネックはこのシリーズでブリスコの他にも憧れの先輩ソリタリオとの地元メキシコではあり得ないコンビや、後に長い関係となる大巨人アンドレとのコンビ、マサ斎藤&上田馬之助との超絶実力派ユニットも実現しております。


…あぁ、すべてに泣きたくなるような、なんて良い時代なんだろ。。。



《カネックの日本初のメイン試合》

★1979年4月29日(日)、東京・後楽園ホール
第9試合(メイン・イベント)
▽タッグマッチ、60分1本勝負
アントニオ猪木&藤波辰巳(猪木=バック・ドロップ➡️体固め、14分12秒=カネック)ジャック・ブリスコ&カネック●
《☆マスク》アントニオ・マルティネス製、金旧ラメ、赤ふちどり、頬の模様=山羊を着用。

☆vs星野 勘太郎 シングル生涯戦績

【①】1978年3月6日(月)、越谷市体育館
第5試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、9分11秒)星野勘太郎

【②】1979年4月27日(金)、横浜文化体育館
第4試合
▽20分1本勝負
◯カネック(ダイビング・ボディ・アタック➡️体固め、11分25秒)星野勘太郎

【③】1979年5月28日(月)、岩手・釜石市小川体育館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(セントーン➡️体固め、14分6秒)星野勘太郎

【④】1979年6月5日(火)、豊橋市体育館
第4試合
▽30分1本勝負
◯カネック(片エビ固め、9分49秒)星野勘太郎

【⑤】1981年4月4日(土)、栃木・矢板市体育館
第7試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、9分35秒)星野勘太郎

【⑥】1981年4月8日(水)、京都・福知山市厚生会館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、9分6秒)星野勘太郎

【⑦】1981年4月17日(金)、鹿児島県立体育館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(片エビ固め、5分59秒)星野勘太郎

【⑧】1985年11月25日(月)、山形・東根市民体育館
第4試合
▽30分1本勝負
◯カネック(ジャンピング・エルボー・ドロップ➡️片エビ固め、10分50秒)星野勘太郎

【⑨】1986年5月1日(木)、両国国技館(最終戦)
第4試合
▽30分1本勝負
△カネック(両者リングアウト、 12分21秒)星野勘太郎

【⑩】1987年1月13日、船橋市運動公園体育館
第5試合
▽30分1本勝負
△カネック(両者リングアウト、9分37秒)星野勘太郎

【①①】1988年5月28日(土)、栃木・小山ゆうえんちスケートセンター
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(回転エビ固め、10分16秒)星野勘太郎

【①②】1988年10月24日(月)、岡崎市体育館
第7試合
▽30分1本勝負
◯カネック(ダイビング・ボディ・アタック➡️片エビ固め、9分34秒)星野勘太郎

☆vs木戸 修 シングル生涯戦績 

【①】1978年3月9日(木)、白石市民体育館
第4試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、9分34秒)木戸修


【②】3月19日(日)、豊川市体育館
第7試合
▽45分1本勝負
◯カネック(体固め、9分4秒)木戸修


【③】1978年3月27日(月)、深谷市体育館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(首固め、8分11秒)木戸修


【④】1979年5月2日(水)、大垣スポーツセンター
第4試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、8分20秒)木戸修


【⑤】1981年4月7日(火)、滋賀・大津市皇子ヶ丘公園体育館
第5試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、8分12秒)木戸修


【⑥】1981年4月22日(水)、大宮スケートセンター
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(ダイビング・ボディ・アタック➡️体固め、8分1秒)木戸修
《☆マスク》プエブラ製、緑ラメ(おそらく新ラメ)、赤ふちどり、頬の模様=火の神を着用。
※素人生撮影映像あり


【⑦】1982年11月26日(金)、静岡・浜松市体育館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、6分11秒)木戸修


【⑧】1982年12月8日(水)、徳島市立体育館
第7試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、11分1秒)木戸修


【⑨】1984年7月4日(水)、兵庫・姫路市厚生会館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、9分38秒)木戸修
《☆マスク》プエブラ製、金旧ラメ、赤ふちどり、頬の模様=ククルカン(外向き)を着用。


【⑩】1987年1月7日(水)、福島・いわき市総合体育館
第5試合
▽30分1本勝負
木戸修(回転エビ固め、10分19秒)カネック●

☆vs 坂口 征二 シングル生涯戦績

【①】1979年6月3日(日)、東広島市西条プラザ屋上特設リング
第8試合(セミファイナル)
▽MSGシリーズ決勝リーグ戦、45分1本勝負
坂口征二(背骨折り、9分2秒)カネック●


【②】1981年4月13日(月)、大分県立荷揚町体育館
第7試合
▽30分1本勝負
坂口征二(リングアウト勝ち、8分0秒)カネック■


【③】1982年6月20日(日)、角田市ゆやす駐車場
第6試合
▽30分1本勝負
坂口征二(両者リングアウト、9分3秒)カネック△


【④】1982年6月24日(木)、北海道・室蘭市体育館
第8試合
▽45分1本勝負
坂口征二(両者リングアウト、8分53秒)カネック△


【⑤】1982年6月29日(火)、北海道・釧路市厚生年金体育館
第7試合
▽30分1本勝負
□カネック(反則勝ち、8分21秒)坂口征二


【⑥】1982年7月1日(木)、北海道・小樽市総合体育館
第8試合
▽45分1本勝負
□カネック(反則勝ち、7分25秒)坂口征二


【⑦】1982年7月4日(日)、兵庫・神戸市兵庫区新開地・◯楽館跡広場
第8試合
▽45分1本勝負
坂口征二(リングアウト勝ち、7分22秒)カネック■

☆vs越中 詩郎 シングル生涯戦績

【①】1985年12月5日(木)、兵庫・尼崎市体育館
第4試合
▽30分1本勝負
◯カネック(リフトアップからのシュミット式バックブリーカー➡️体固め、11分30秒)越中詩郎


【②】1985年12月9日(月)、袋井市民体育館
第5試合
▽30分1本勝負
◯カネック(リフトアップからのシュミット式バックブリーカー➡️体固め、10分22秒)越中詩郎


【③】1986年4月16日(火)、山形・鶴岡市体育館
第6試合
▽30分1本勝負
△カネック(両者反則、5分56秒)越中詩郎
※カネックの反則勝ちという報道もあり。
▽5分延長戦
△カネック(両者リングアウト、2分20秒)越中詩郎
《☆マスク》プエブラ製、ピンク(新)ラメ、銀ふちどり、頬の模様=チャクモールを着用。


【④】1986年4月20日(日)、千葉・木更津市倉形スポーツ会館
第5試合
◯カネック(ジャンピング・エルボー・ドロップ➡️片エビ固め、11分10秒)越中詩郎
《☆マスク》プエブラ製、銀(新)ラメ、青(紺)ふちどり、頬の模様=山羊を着用。


【⑤】1986年4月22日(火)、宇部市俵田◯記念体育館
第5試合
越中詩郎(ダイビング・ボディ・アタックを切り返して➡️片エビ固め、9分48秒)カネック●
越中に初黒星
《☆マスク》プエブラ製、青(新)ラメ、赤ふちどり、頬の模様=チャクモール(模様の中が黒)を着用。


【⑥】1986年4月26日(土)、下関市体育館
第5試合
▽30分1本勝負
越中詩郎(首固め、10分41秒)カネック●


【⑦】1988年6月8日(水)、大分・竹田勤労者体育センター
第6試合
▽30分1本勝負
越中詩郎(回転エビ固め、11分23秒)カネック●

☆カネックとの対戦歴表~日本人編・主に新日本プロレス

アントニオ猪木
➪カネックが2回目の来日の直前のメヒコでの一騎打ちが正真正銘の初対決で、カネックが猪木と互角に渡りあえたのはこの一戦くらいで、以降はシングル&タッグ含めてボロカス扱いされる。カネックが猪木に勝った事は3本勝負のうちの1本を含めて皆無。

⭕坂口 征ニ
➪カネックが2回目の来日となった79年5月の第2回MSGシリーズから毎回のように対戦。82年6〜7月のシリーズではノーTVながら5度に渡りシングルで対戦し抗争を展開。カネックが坂口から勝ったことは反則勝ちで1度あるのみで、フォールを奪った事は3本勝負のうちの1本も含めて皆無。

⭕藤波 辰爾(辰巳)
➪藤波が若手時代にメキシコ武者修行していた時の77年に初対戦して、抗争を展開。この時期はカネックが勝ち越している。カネックが78年に初来日した際の前哨戦で派手にやりあうも最終戦の試合をカネックがやむを得ない事情にてボイコットし、あわや選手生命を絶たれるかのピンチを乗り越え、翌79年に再来日を果たし決着をみる。81年春には地方でカネックが完敗するも4.23蔵前&5.1トレオではカネックが反則ながら2連勝。次の対戦になった82年6.18蔵前での飛竜十番勝負で引き分けるも、日本でのライバル関係は事実上、この時期でストップ。半年後の12.3福島いわき大会では凡戦のうえ呆気ないピン・フォール負けを喫する。83年5月に長州戦に破れた傷心の藤波がメキシコに乗り込み、カネックからUWA王座を奪うも、1ヵ月後にカネックが奪い返す。84年7月に大阪でのTV戦で藤波の王座にカネックが挑戦するも
凡戦の末に敗退。以降は地方のノーTV戦で組まれてはカネックの呆気無い負けという流れにて両者の関係は完全にフェードアウト。

⭕木村 健吾(健悟)
➪78年の初来日以来、カネックが来日する度に対戦し、84年7月にシングルで初めて引き分け、続くパキスタン遠征でカネックが初フォール敗け、翌85年末のシリーズでの両者最後のシングルでも敗戦を喫する。メキシコでのシングルは皆無。

⭕長州 力
➪カネック初対決来日第1戦のタッグ戦にて引き立て役になりながらも翌年のMSGシリーズではシングル公式戦&タッグから互角に渡り合い、82年5〜9月のメキシコ遠征にて抗争を展開。カネックからベルトを奪って自信をつけた長州は帰国後に藤波に噛みつき大出世する。よってカネックは長州を語るにはずせないレスラーとなる。新日へ復帰してから88年5〜6月&10月にタッグで対戦。ちなみにこの時期は長州がマッチ・メーカー。

ストロング小林
➪日本では未対戦。S小林がメキシコ遠征した81年2〜5月の間にシングルやタッグで対戦。この時のシングル戦でカネックが原爆固めを決めた際にカネックのアゴが小林の腰に喰いこみ負傷し、結果、引退に追い込まれる。S小林にとってもカネックは因縁のレスラーとなる。

⭕星野 勘太郎
➪初来日から毎回対戦し、カネックと一番対戦回数が多い選手。カネックの絶好の噛ませ犬的存在。

⭕山本 小鉄
➪78年3月&79年5月に対戦。シングルは皆無。

❌魁 勝司(北沢 幹之)

❌柴田 勝久

⭕キラー・カーン(小沢正志)
➪メキシコ修行時代の78年、カーンとして81年11月&82年11月&83年5月にIWGP公式戦で対戦。

⭕荒川 真(ドン荒川)
➪87年2月にタッグで1度だけ対戦。

⭕永源 遥
➪79年や84年に対戦。

グラン浜田
➪日本では未対戦。メキシコで幾多対戦。

⭕藤原 喜明
➪78年3月&79年4〜6月&UWFを経ての藤原として87年1〜2月&88年5〜6月に対戦。シングルは皆無。

⭕栗栖 正伸
➪日本では84年6月に初対戦であり、意外にもこのシリーズ以外は対戦していない。メキシコではお互いがルードの立場なのでおそらく対戦していないはず。

⭕木戸 修
➪2回目の来日時からカネックが来日するごとに度々対戦し。UWFを経た87年1月のシングルでカネックが初黒星を喫する&88年5〜6月にタッグで対戦。

マサ斎藤
➪79年5月にMSG公式戦でシングル&88年5月6月&同年10月にタッグで対戦。

⭕上田 馬之助
➪87年1月にシングルで1度だけ対戦。

⭕ヒロ・マツダ
マツダがフリーとして参戦した82年6月と維新軍に身を置きながら参戦した84年7月にシングルやタッグで対戦。

⭕佐山 聡(初代タイガーマスク)
➪佐山としてメキシコ修行時代の80年7月、タイガーとして81年5月にメキシコ、81年11〜12月に対戦。

⭕小林 邦昭
➪79年5月&メキシコ修行時代の80年6月〜82年9月&84年7〜8月&88年5〜6月&10月に対戦。

⭕前田 明(前田 日明)
➪若手時代の81年11月&前田が本格的に売り出した頃83年5月にIWGP公式戦では屈辱の黒星を喫する。87年末の前田長州事件の処置として88年1月からメヒコ遠征が計画されたが前田が拒否って流れる。

⭕平田 淳ニ(スーパー・ストロング・マシン)
➪79年5月&平田のメキシコ修行時代の83年前半&マシンとして88年6月&同年10月に対戦。

ジョージ高野(ザ・コブラ)
➪79年5月&81年4月&同年11月、高野のメキシコ修行時代の82年〜83年前半、コブラとして84年7月&85年5月〜6月、再びG高野として87年1月&88年5〜6月&10月に対戦。

ヒロ斉藤
➪斉藤が若手の頃のメキシコ修行時代の81年〜83年前半、ヒロ斉藤として85年IWGP&WWFシリーズでタッグで数回対戦し、全日から復帰してからの88年5月にはタッグ戦にてカネックがフォール勝ちしている同年10月にも対戦。シングルはおそらく皆無。

⭕谷津 嘉章
➪81年11月&82年6月〜7月&維新軍として84年7月〜8月に対戦。

ラッシャー木村
➪81年11月&83年5月にIWGP公式戦でシングルで対戦。

アニマル浜口
➪81年11月&84年7月に対戦。シングルは皆無。

⭕寺西 勇
➪81年11月&84年6月〜7月に対戦。

⭕タイガー戸口
➪82年11月、メキシコでYAMATOとして93年7月&94年3月に対戦。

⭕剛 竜馬
➪81年末のタッグ・リーグ戦シリーズで初対戦し、翌年末と83IWGPシリーズにも幾度か対戦。84年5月のメキシコ遠征時には対戦していない…?

⭕ブラック・キャット
➪81年に新日に定着してからカネックが来日する度に対戦。星野勘太郎と並んで、カネックの噛ませ犬的な存在。

⭕高野 俊二
➪85年5月〜6月のシリーズに初対戦。2人が対戦したのはこのシリーズ中だけ。

❌高田 信彦(延彦)

⭕山崎 一夫
➪若手時代には未対戦もUWFを経て87年1月にタッグで2度対戦。

❌仲野 信市

⭕保永 昇男
➪84年7月に初対戦。

⭕新倉 史祐
➪84年7月に初対戦。

⭕小杉 俊二
➪85年5月に初対戦。同年末、86年4月&87年1月にも対戦。

⭕山田 恵一(獣神サンダー・ライガー)
➪85年5月に初対戦。86年4&月88年10月、ライガーとしてメキシコで89年10月に対戦。シングルは山田としては有るが、ライガーになってからは皆無。

⭕佐野 直喜
➪86年4月に初対戦。87年1月にも対戦。シングルは皆無。

⭕後藤 達俊
➪85年11月に初対戦。86年4月にも対戦。

⭕畑 浩和
➪87年2月に初対戦。

⭕笹崎 伸司
➪86年春にカルガリーで対戦しているかも?

❌アノアロ・アティサノエ【留学生】

⭕金 秀洪
➪85年5月に初対戦し、86年4月&87年2月にもタッグで幾度か対戦。

力抜山

越中 詩郎
➪85年11月に初対戦。86年4月のシリーズではシングルで4回も闘い抗争を展開し、越中が勝ち越す。87年1月〜2月&88年5月〜6月&同年10月にも対戦。

⭕ケンドー・ナガサキ(ランボー・サクラダ)
➪85年11月&88年6月にタッグで対戦。シングルは皆無。

⭕ミスター・ポーゴ
➪85年11月&88年6月にタッグで対戦。シングルは皆無。

⭕武藤 敬司
➪スペース・ローン・ウルフ時代の87年1月に2度のシングルの他、タッグで対戦。

❌橋本 真也

❌蝶野 正洋

❌野上 彰

❌飯塚 孝之(高史)

❌大矢 健一

❌船木 優治(誠勝)

❌鈴木 実(みのる)

❌中野 辰夫【UWF所属】

❌安生 洋二【UWF所属】

❌宮戸 優光【UWF所属】

❌クリス・ベノワ【留学生】➪ペガサス・キッドとしてメヒコ遠征していた91年目3月〜93年の間に対戦していた可能性が有りますが、詳細はわかりません。

❌馳 浩

⭕佐々木 健介
➪若手時代の88年6月に2度タッグで対戦。

⭕松田 納(エル・サムライ)
➪松田が若手に92年春まで滞在していたメキシコ遠征中に対戦している可能性有り…?2011年11月に対戦。

【番外編】
川田利明
⇨川田が若手の修行時代の86年4月にカナダ・カルガリーにて対戦。

☆vs木村 健悟 シングル生涯戦績

【①】1978年3月4日(土)、千葉県体育館
第5試合
▽30分1本勝負
◯カネック(メキシコ式回転エビ固め、11分36秒)木村健吾


【②】1978年3月21日(火・祝)、三重・津市体育館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、6分2秒)木村健吾


【③】1981年4月6日(月)、埼玉・秩父市民体育館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(体固め、8分19秒)木村健吾


【④】1981年4月10日(金)、福岡・北九州市西日本総合展示場特設リング
第7試合
▽30分1本勝負
◯カネック(原爆固め、2分45秒)木村健吾
【※】ジャーマン・スープレックス・ホールド日本初公開。
《☆マスク》プエブラ製、おそらく赤旧ラメ、金ふちどり、頬の模様=山羊(角が短くなったver.)を着用。


【⑤】1981年4月18日(土)、熊本・宇土市体育館
第5試合
▽30分1本勝負
□カネック(リングアウト勝ち、11分54秒)木村健吾


【⑥】1982年11月24日(水)、鹿児島県立体育館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(回転エビ固め、14分25秒)木村健吾


【⑦】1982年12月9日(木)、大阪府立体育会館
第5試合
▽30分1本勝負
◯カネック(首固め,12分37秒)木村健吾
《☆マスク》プエブラ製、青旧ラメ、銀ふちどり、頬の模様=山羊を着用。


【⑧】1983年5月16日(月)、三重・津市体育館
第5試合
▽30分1本勝負
◯カネック(フライング・ネックブリーカー・ドロップ➡️片エビ固め、10分35秒)木村健吾


【⑨】1983年6月1日(水)、名古屋・愛知県体育館
第6試合
▽30分1本勝負
◯カネック(首固め、11分25秒)木村健吾
《☆マスク》おそらくプエブラ製、金旧ラメ、赤ふちどり、頬の模様=山羊を着用。


【⑩】1984年7月23日(月)、青森・五所ヶ原市民体育館
第7試合
▽45分1本勝負
△カネック(両者リングアウト、12分4秒)木村健吾


【11.】1984年8月8日(水)、ラホール・カダフィー・スタジアム
第4試合
▽30分1本勝負
木村健吾(エビ固め、15分35秒)カネック●


【12.】1985年11月24日(日)、新潟・新発田市カルチャーセンター
第7試合
▽45分1本勝負
木村健吾(逆さ押さえ込み、9分26秒)カネック●
《☆マスク》プエブラ製、ピンク旧ラメ、銀ふちどり、頬の模様=オンブレ・アギラ(外向き)を着用。