☆vsディック・マードック 生涯戦績

マードックとカネックの関係は、マードックが81年秋に日本の主戦場を全日から新日へ変えて、その年末のタッグ・リーグ戦から88年のIWGPチャンピオン・シリーズまでになんと7回も一緒になってます。

カネックとシリーズ参加が一緒になった外人選手はアンドレと並んで最多となってます。


マードックは1度もメヒコへ行く事はありませんでしたが、85年暮れの週刊ザ・プロレスに、マードックは典型的なアメリカンで、メヒコを毛嫌いしてたというか見下していた感じがあってメヒコに行く事が無かったみたいな事が記載されてましたが、自分もそのように感じてます。


ブッチャーとの抗争でわかったようにマードックは大の黒人嫌いでしたし、典型的なアメリカン人というか、自分達が一番位が高いというような意識が強い典型的な白人だったのかもわかりませんね。



【①】1981年12月5日(土)、福島市体育館
第7試合
▽MSGタッグ公式戦、45分1本勝負
◯スタン・ハンセン&ディック・マードック(ウェスタン・ラリアット➡️体固め、10分30秒)カネック&スペル・マキナ●
《※》マードックが秋に新日に移籍してきて実現した興味深いビッグなカード。
当時の月刊プロレス誌にモノクロながらマードック相手にコーナー最上段からチョップを見舞う姿が。
85IWGPタッグ時にはマードックの腕を絞り上げる姿や逆にエルボーに仕留められる姿が…超貴重(涙)


【②】1982年12月4日(土)、宮城・石巻市民体育館
第7試合
▽MSGタッグ・リーグ公式戦、45分1本勝負
◯ディック・マードック&マスクド・スーパースター(片エビ固め、8分41秒)カネック&ペロ・アグアヨ●
《※》残念ながら当時のプロレスマスコミは各誌はこぞって取材しなかったようで、この試合のショットはどのプロレス雑誌にも一枚も掲載されてません。

【③】1985年12月2日(月)、熊本市体育館
第8試合(セミファイナル)
IWGPタッグ・リーグ公式戦、30分1本勝負
◯ディック・マードック&マスクド・スーパースター(エルボー・ドロップ➡️片エビ固め、11分40秒)カネック●&ドス・カラス
《※》当時の週プロのリングアナのケロによるリポートとして、この試合の数日前にパートナーのスーパースターの負傷していた膝が本気で欠場を検討するくらい悪化していて、この試合のほとんどをマードックがこなしたらしいのですが、格下のメキシカン2人相手にマードックは終始、完全に遊んでいたとの事です。。。

それでもですね、マードックと対戦しているカネックの姿が掲載されてる当時の週刊ゴングと週プロは現在でも貴重なお宝ショットとして崇め奉っている次第です。



《☆マードックと組んだ試合戦績》

【①】1982年6月26日(土)、北海道・遠軽町総合体育館
第9試合(メインイベント)
6人タッグ、60分3本勝負
アントニオ猪木&ハルク・ホーガン&藤波辰巳(2-0)ディック・マードック&カネック&スコット・マギー●
①日本組(反則勝ち、11分0秒)
②猪木(体固め、3分23秒)マギー


【②】1982年7月2日(金)、北海道・旭川市総合体育館
第9試合(メインイベント)
▽タッグマッチ、60分1本勝負
アントニオ猪木&藤波辰巳(両軍リングアウト、11分40秒)ディック・マードック&カネック△


【③】1982年7月8日(木)、神奈川・横須賀市総合体育館
第9試合(メインイベント)
6人タッグ、60分3本勝負
アントニオ猪木&ハルク・ホーガン&藤波辰巳(2-0)◯アンドレ・ザ・ジャイアント&ディック・マードック&カネック●
①日本組(反則勝ち、9分42秒)
②猪木(バックドロップ➡️体固め、2分52秒)カネック


【④】1982年12月2日(木)、豊田市体育館
第8試合(メインイベント)
6人タッグ、60分1本勝負
アントニオ猪木&◯ハルク・ホーガン&藤波辰巳(体固め、10分11秒)ディック・マードック&マスクド・スーパースター&カネック●


【⑤】1982年12月6日(月)、仙台・宮城県スポーツセンター
第9試合(メインイベント)
▽タッグマッチ、60分1本勝負
◯ハルク・ホーガン&藤波辰巳(アックス・ボンバー➡️体固め、14分45秒)ディック・マードック&カネック●
《☆マスク》プエブラ製、銀旧ラメ、青ふちどり、頬の模様=山羊を着用。


【⑥】1985年11月18日(月)、宇都宮・栃木県体育館
第9試合(メインイベント)
6人タッグ、60分1本勝負
アントニオ猪木&藤波辰巳&木村健吾(延髄斬り➡️体固め、11分55秒)ディック・マードック&カネック&ドス・カラス●